2019年3月10日日曜日

2019-03-10 青森県庁前・青森-東京間都道府県対抗東日本駅伝競走大会スタートの地

青森県庁南側国道に面した一角に「青森-東京間都道府県対抗東日本駅伝競走大会スタートの地」の碑があります。
東日本縦断駅伝は、読売新聞社主催によるロードレース大会である。スタートの青森県とゴールの東京都の頭文字をとって『青東(あおとう)駅伝』とも呼ばれた。大会スローガンは「花になれ 風になれ 人は誰でもチャレンジャー」であった。

この大会は、サンフランシスコ講和条約の調印を記念して1951年に「青森東京駅伝」として第1回大会が開催された。コースは青森県青森市、青森県庁前からスタートして、岩手県、宮城県、福島県、栃木県、茨城県、埼玉県を経由して東京都・銀座、読売新聞本社前を55区間・759.0kmで走破する東日本の都道県対抗レースとしてスタートし、以来毎年11月に開催されてきた。その後距離こそ若干の前後があるものの55区間は不変で1970年の第20回大会まで続いた。その後1971年の21回大会からコースが秋田県・山形県経由となり、ゴールが東京都・大手町に変更された。これは、交通事情の悪化と読売新聞 の本社が移転した事に伴うものだった。

一旦1974年の24回大会を最後に休止されたが、1982年に東北新幹線の一部開業を記念して当時最終駅であった岩手県・盛岡市、岩手県庁前から東京都・大手町のコースで大会名称を「東日本縦断駅伝」と改め25回大会として復活し、1983年の第26回から再び青森スタートの完全復活となる。1984 年~1993年の10年間は女子選手も出場したことがあったが、1994年から男子選手のみに戻る。東京都チームが4回の完全優勝(全区間1位)を含む 23回の総合優勝歴を誇った。

近年は箱根駅伝目指す大学生選手も多数出場して、実戦感覚を身につける意味で大きな役割を果たしていた。しかし道路・鉄道などの増設による交通事情の変化や駅伝大会も多数行われるようになり日程調整が付かないという理由で第45回大会が開かれた2002年度を最後に大会は消滅した。